オトナの世界

あるメルマガから

引用です。

〜〜〜

小児病棟に入院していた

「しゅんしゅん」という男の子のお話です


「しゅんしゅん」は

みんなから可愛がられ、慕われている男の子でした


彼はいつも自分の苦しみより

もっと幼い子どもを気づかう子でした


あるとき、そのしゅんしゅんに、一人の見舞い客が


「しゅんしゅんは大人になったら何になるの?」


とたずねました


病室は一瞬凍りつきます

将来がある可能性の低い子供を思って

重病の小児病棟はシーンと静まり返ります


その静けさを破る様に、しゅんしゅんは素直に答えました


「おまわりさん」


「彼ならきっと、立派な優しいおまわりさんになるだろう」


誰もがそう思いました


でもしゅんしゅんは大人になることなく


おまわりさんになる夢も果たすことなく


旅立って行きました


亡くなる前日

いつもは聞き分けの良いしゅんしゅんが

お母さんに何度もこうたずねたそうです



「ぼくの病気は治るの?


ぼく大人になって、おまわりさんになりたい…


大人になりたい」と…



その大人の世界に私達は今、

生きています


多くの人たちが何気なく過ごしているこの瞬間


それは、しゅんしゅんたちが


何としても手にしたかった…


しかし手に入らなかった…

夢の世界であり、未来の時間です


なにげなく過ごしてしまう時間

生きている事、この日常が

どれほどかけがえのないものか…


〜〜〜

しゅんしゅんは大人になるのが夢でした。

私たちは労せずして、しゅんしゅんのなりたかった大人になっています。

でもせっかくの人生を大切に生きているでしょうか?

人からしてもらうことを当然のようにして受け取り、
不平や不満を口にしては、
感謝の気持ちも表さないでいて、
私は満たされない、
つまらない、
死にたい、
という人がなんと多いことか。


今生きていること、
おいしいご飯が食べられること、
愛する家族といられること、
仕事があること、
友人がいること、
健康で一日無事に過ごせること。


全てが奇跡のようにありがたいことなのです。


〜〜〜


はっ!と、

考えさせられました。


これは、
実話です。


そうですよね。


なりたくても

なれなかった人もいる。



そんな大人の世界



嫌なことや

嫌なヒトは

確かにあるけれど、



メルマガにあるような

しゅんしゅん、達には

憧れの世界


。。。



僕たちは、

しゅんしゅんに

誇れる事を

しているだろうか?


身を改めようと


思ったメルマガでした

# by unionsoftware | 2011-10-18 08:22

一言

たった一言が人の心を傷つける
たった一言が人の心を温める

# by unionsoftware | 2011-10-17 23:13

わからない事がわからない

この仕事。



ソフト開発の仕事というのは




わからない事が

わからない。




そんな事が多い。



わからない。
わからない。




そう言う人ほど




わからない事が

わからない。




そんな時、




自分は

何をしたいのか?




顧客は

何を求めているのか?



いま、

何が解決できないのか?


解決したら

次に何が解決できないのか?



などなど




論理的な思考能力が


問われる。



仮説を立て

立証し、

さらに次なる仮説を立て

立証する。



そんな

思考能力が

必要だよね。




なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?
なぜ?


五回繰り返そう。




わからない事が

何かが

きっとわかる。





数学の

証明問題に似ている。






今度から

入社試験に

新しい問題を入れようかな。

証明問題。





ん〜


まじでいいな。



いれよ。

# by unionsoftware | 2011-10-14 03:22

嬉しければ、それでいい

楽しければ、それでいいのか!


とは



我が家で、よく聞く言葉。



子供相手に

叱る時、

ちょくちょく出てくる。



まぁ、

5歳や7歳の

子供ですから



物の分別、善し悪し

なんて、

なかなか難しいよね。



いや、

そもそも



分別や善し悪しなんてモノは


オトナの勝手な都合だったりする。





だから



子供は

無邪気に



楽しいと思う事を

するわけだ。




いまや、


子供だけでなく


オトナまでが



分別や善し悪しを持たず



楽しいと思う事だけを



している人が多い。




悲しいね。







でも




ふと思った。




楽しいではなく



嬉しいと思う事だけを



してみては?




ヒトは


どんな時に


嬉しいと思うのか?





生きる喜び


守られている喜び


他人と関わる喜び
社会と関わる喜び


認められる喜び


自分の思う自分に近づく喜び



マズローの

五段欲求です。





嬉しいという感情は

喜びからくる。



喜びは、

自分本位では得られない。




どこかに

相手がある。



喜びを得るとは、すなわち

相手を喜ばしている。




あぁもちろん

自分本位の嬉しいもあるね。

でもそれは

嬉しいではない。

ただの満足でしかない。

それは

本質的な嬉しいではない。





本質的な嬉しいは


やはり、


誰かを喜ばせる事から始まる。




そう考えると


全ての行動は


嬉しければ、それで良いのかも。






追伸


本質的な嬉しい。


これ、勘違いする人多いだろうな。



勘違いする人の特徴は

大義名分をつくり

人を悲しませたり

人を裏切るような事をして

それに気づかないヒトだよ。



大義名分を

あたかも

正義のように、



あたかも

喜びのように。



誰かが悲しんでいるのに。

それに気づかない。



気づいているのに

気づかないフリをする。

大義名分で蓋をする。




そんな寂しい人には

なりたくないよね。




やはり

武士道の精神

仁、義、忠、勇、礼、誠、名誉

を、もってして


喜び、嬉しいを得るべきだ。

# by unionsoftware | 2011-10-13 04:13

弔辞

彼は

コンピュータを

パーソナルにした。


インターネットを

ポケットに入れた。


そして

彼の発明した

デバイスで

世界中の人が

彼の死を知った。



これは

オバマ大統領が

スティーブジョブズにむけた

弔辞。




言葉は力ですね。

素晴らしい弔辞です。





謹んで

お悔やみを申し上げます。


※日本人じゃないけど
初七日です

# by unionsoftware | 2011-10-12 08:23